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 陶芸雑記 独り言 思った事書き足し

 

 キイチゴの続き  2001年七月8日 

食い物の事を書き出すと、きりがないな。

以前から名前のわからないキイチゴ?が山にあるのだけれど今日は勇気を出して食べてみた、

甘い美味い、手元の図鑑にはのっていないし、なんだろう?直径20mm、

しかし量がそれほどない。


写真2001−7−8

もうひとつ名前の判明しない葡萄はサンカクヅルだったことが判明?、しかし実のなる時期が違うから別の葡萄科の植物か?

今までエビズルだと思っていたが、サンカクヅル別名行者の水、枝を切ると水が出るらしい。

これは庭に勝手に生えているのだが名前も知らずに食べていた。

今日の早朝やまもも採りに行ったら先客がすべて採っている・・・、くそー。

桑の実も先に採られてしまった、来年は早く採らなければ。


写真2000−8 これは昨年の写真

  エビツル  2001年七月22日 

  今日のサンカクツル?です、そろそろ食べ頃です、いつもより今年は早いような気がする。


2001−7−22

 

   本棚の整理  2001年七月28日 

珍しく本棚の整理をやりかけたが、暑い!

もちろんクーラーなんぞの文化的装置はあるわけないので暑い。

本も増えてくると厄介な物で重い場所とる、探すのに時間がかかる、なのに本は増える、

今回は辞典が別の隅に置いて不便だったので場所代え、大辞典という昭和十年頃の辞典だが

これが、けっこう役立つのだ、昨年復刻版出たらしいが 昔のこれは字も大きく見やすいし

人名等は相当に詳しく載っている、戦前も紙のため紙質は悪いが天金で、皮装丁なのも面白い。

この本は六年ほど前に買い求めたが信じられないほど安かった、おそらく百科事典と間違えて売っていたようだ。

整理していると、この本まだ読んでいないなぁー、買って読まない本なども沢山あるもので、読まなければと

思いながら3時間で整理が終わった、終わって見ると、なんだ!全然整理出来てない、積んでるだけだった。

整理していると忘れられた本が出てくる、山田無文老師のガリ刷りの本もでてきた、しかし、これ難しいから

読んでいないな、溜息ばかりの整理であった。積読本ばかりである。


積読本棚

  本棚の整理の続き  2001年8月3日 

辞書の話なのだが、てもとに辞典類がないと不便で、僕の場合だと植物を調べることが多い、

なぜなら食える食えないが非常に重要な事だから、しかし専門的な本に、はあまり書かれていない事が多い

薬効については書かれている、有毒と書いていない場合は食えると解釈してるが不味いのだろうか。

春に棕櫚の実を食べた、これは陸のタラコか、筍という感じで食える、鳥にとっては不味いのかあまり好んで食しているようすはない、

毒無ければ、なんでも食えるのではないかと思い、何処にでもある葛の花と葉を食べる予定

明日にでも採りに行こうと思うのだが、暑いな。

植物辞典と違い、キノコの本には食えるか真面目に書かれていて面白い、味の解説もである、

おまけに下痢しただの頭痛がしただのまで書いてある、何本食ったら駄目だったまでかいてあるので読み物としても笑える。

明日は葛採り、5日は東寺に行く予定。。

 東寺  2001年8月9日 

葛採りはまだ行ってないので明日こそは・・・・、花はまだですかね?。

5日東寺のガラクタ市は朝五時に家を出て、六時前に到着 こね鉢の大きい物を買う、15000円、七寸古染付も買う6000円なり、

九時には家に帰る、骨董市は二時間もあれば充分、長居するほど つまらない物買いそう。

帰ってから消毒アルコールで こね鉢を拭く、縁のひび割れの修理に 蝶形の堅木で古い補修跡があるのを見付けて嬉しい気分になる、

古染付は焼継ぎ有る為に安く買えたが、塩素で消毒すると思ったよりも綺麗になり、これも得した気分。

どちらもHPにアップ。

  岡山、鳥取 2001年8月16日 

岡山から細い峠を越えて鳥取へ、

鳥取民芸館へ行き、牛の戸焼等を見る、帳箪笥と仏壇の下置きにすばらしい物がある。

陶磁器類は今回の展示では面白き物なし、バーナードーリーチの画は良かった、

隣りの(たくみ)に行くが欲しくなる物は何も無し。

骨董では浜絣と瓦の手あぶりに面白いのがあり、買う。

十七日朝三時帰宅、少し寝てから約束があったために九時に家を出て信楽miho美術館へ古代ガラス展見に行く、

古代ガラスの美しさと技巧に感動。

しかし、常設展では量の多さと、高級美術品の何でも有りの世界に圧倒されてしまった。

 

  

岡山から鳥取県境にある道標2001−8−16        鳥取の川  2001−8−16
右津山左山道 嘉永五年

     

信楽miho美術館への道2001−8−17               鳥取民芸館 2001−8−16
前に見える建物の下、地下に美術館がある。

 木の臼  2001年8月28日 
 

またもや臼が2個増えた。何処へ置こうか??。合計十五個かな?

少し以前まで臼は殆どの家に有った物だと思うのだが何時から捨ててしまったのだろうか、
電動餅練機が出来たからでも無さそうで、餅を家でつかなくなったのは何時からか。
その臼を買い求める物好きも居るのだが・・・、
用途はもちろん餅つきが多いが、雑穀の脱穀にも、味噌を造る時にも、藍玉造りにも
色々使用されたと思われるが、使われなくなった今では想像するしかない。

僕の好きな物にはこね鉢、石臼があるが、これも臼と同じ楽しみがある、
捏ねる、搗く、擂る、脱穀する、混ぜる、
これらの基本の道具が日常から忘れられた現代は果たして文化的な
時代といえるのでしょうか、何か根源を忘れたような気がする。

臼もこね鉢にも使い続けられた木の味、
大事な食物を加工するために、使う度に拭き込まれた艶、
使用していた家の片隅で、その家の歴史を見続けてきた風格とでも言うか、
存在感の有りすぎる物たちである。
臼も集めると面白いもので、一つ一つに木の表情が違い、作り方にも違いがあり、
眺めても触っても楽しめる。
栗松欅栃不明の木もあり想像しても楽しいものだ。
そのうえに安い!感動するほど安い!これがなにより。

 

   骨董について思うこと 2001年9月28日 

なにか変だぞ。

骨董は投資ではありません、何故か勘違いしておられる人がいる・・・。
どこぞの骨董の評論家らしき本には、骨董は再生産出来ないから値が上がる・・このおっさんと娘はアホウか?
再生産出来ないから騰がる・・・納得しそうですが、骨董の好きな人にとっては値が騰がることとは別でしょうに。
再生産できないから値が騰がると、これは怪しい説です、まるで香具師の口上ですね。

もうひとつ、SコレクションとM美術館コレクションについて、
何故かわかりませんがコレクターの好みの主張が無いコレクションと言う気がするのです、
金の力で買い集めただけのように思えるが・・・。
ある意味では骨董品と美術品に対する冒涜と言いたくなる。言い過ぎか。
あるいは学術的コレクションだとすれば納得するが。

骨董品を散々楽しんだあげく買値より高く売ろうと思うことは商売人にもなれませんね。、
骨董が好きな人は売る事を考えたら駄目ですね、そのような意味からマッチ箱コレクターなんかは好きですね。
変に欲をだすからつまらぬ物を買うことになる、好きな物だけを買うこと、
所詮 骨董品は、自己満足だけの世界です。

世の中は不思議な物で、捨ててある物には見向きもせずに、値が上がると飛びつく不思議な人がいるもので、
このような人は株でもして飛び乗り飛び降りのスリルを味わえばよいのですがね、でもこれはこれで面白い世界です。

 

 

 

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