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陶芸雑記 独り言 思った事書き足し
茶臼 2002年七月
何故か一月の間に、茶臼を二個入手しました、
以前から欲しくても、高くて買えなかったのですが、今回は手ごろな価格で出会えました
嬉しくて直ぐにてん茶を挽くと見事な微粉末の抹茶が出来ました感激。
茶臼も雑穀の臼も、粉に加工出来る道具は面白い物です、見ているだけでも飽きないですね。
石本来の奇麗さと、無駄の無い形の機能美とでも言うのでしょうか、
このような美しい物を、今の茶人は茶臼の存在すら忘れてるのは残念です。
ここ50年間の間に食文化の道具が消えて、手で食べ物を作ることを忘れ、
目の前で粉に加工することもを忘れてる現代は貧しい時代のような気がします、
時間がかかっても粉を挽き、挽く時間から味わいたいものです、そうすれば時間はもっとゆっくり流れるのだろうと思う。
茶臼小型上19.5センチ下36センチ高さ19cm
茶臼大上22センチ下41センチ、高さ23センチ木箱入
茶 2001年七月十日
古染めではなく、呉須手と言う物でしょうか、煎茶の茶碗の見込みに茶の一字
面白くも馬鹿馬鹿しくもあり買い求める。
宝瓶は丸山陶李作。
二〇〇二年七月十五日
庭に花が咲くのは楽しいものです、
今年も桔梗の花が奇麗に咲きました。
2002年10月1日
美しい物たち@
欅の机の板にある節穴を隠すために埋めこまれた黒檀の埋木、
古い物でも新しい物でも、このような細工は美しく面白い物です。
こね鉢のひび割れの修理に埋め込んだ堅
いたやかえでの木で編んだ篭を入手、綺麗で美しい物です、
直径33cm高さ36cm丈夫な編み方で傷みもなく、素晴らしい、
柿渋を塗布してあるようです、50年ほどまえでしょうか、時代を経た味わいがあります。
ゴミ篭に使う予定で買ったのですが、ゴミ入れには勿体無くて、
何に使うか決めてなくて、椅子の上に置いてます。
このような物を見ると、骨董雑貨なんかは感性だけですね、意味も無く、美しい、面白いだけですね、
自分の持つ感性で物を選び身の回りに置くことにより、自分の持つ感性の方向付けができるのかもしれません。
この鱠も安物ですが、美しく素晴らしい物です、珍しくないから値段は安く見向きもされてないようです、
骨董には理屈も何もなく、ただその物が自分の感性と合うかだけですね。
2002年10月14日
美しい物たちA
近くの空き地に、吾亦紅(われもこう)が咲いてました。唐物花篭に薄と野菊と吾亦紅。
唐辛子を吊るしました、毎年これを見ると、忘れてる風景のような、懐かしさを感じます。
過去の日々の風景には綺麗な物もあり、今では忘れられたかのようです。
吊るしてあるものは、大根でも、かんぴょう、干し柿、玉ねぎ、魚の干物等は美しいものです。
四角の砧??何をする物だろうか、面白い形。
このような不思議な物を見ると、想像して楽しみ、何か使える日もあるかも知れないと思います。
家の中は置き場所のない木の大きい臼が四個、重い臼で動かすのが大変、
今は13個ほど木の臼あるでしょうか。
松、欅、欅、松、樹齢百年〜二百年でしょうか、もっと経つのかもしれませんが、
大切に使えば百年二百年は使用できそうです、ひび割れがあっても、捨てるのが惜しい物ばかりです。
はじめは椅子にでもする予定でしたが、切るのは惜しくなって、そのままで、家の中を占領してます、
小さな臼は裏返してそのまま椅子になってます、加工はしたくないですね。
臼が出たついでに、糊用石臼、臼にこだわってるわけではないですが、
これも美しく面白い形をしています、
糊、豆乳等液状の物を挽く時に使用したものらしい。
近所の石屋の老人では、中の芯棒の造り方も知らない、説明しても意味がわからないようだった、
石臼は今では、もう老人でも判らない道具になってしまったようです、回れば良いと思ってるらしい。
2002年10月25日
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